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最高裁判所第二小法廷 昭和37年(オ)215号 判決

上告人 入江平蔵 訴訟承継人入江さく 外九名

被上告人 広島国税局長

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人らの負担とする。

理由

上告代理人岡田俊男、同江島晴夫の上告理由第一点について。

論旨は、まず、原判決には租税債務の立証責任に関する法則の適用を誤つた違法がある、という。

しかし、原判決は、平蔵の昭和二三年度における所得金額が不明であるとして同人敗訴の判決を下したものではなく、平蔵の提出した同年度の確定申告書記載の金額が誤りであることにつきみるべき立証がないから、右申告書記載の金額をもつて平蔵の当該年度における所得金額と認むべきであるとして、同人敗訴の判決を下したものであること、その引用する第一審判決の説示理由に徴して明らかであるから、租税債務の立証責任を不当に控訴人(原告、以下同じ。)に課したものではない。

また、申告納税の所得税にあつては、納税義務者において一たん申告書を提出した以上、その申告書に記載された所得金額が真実の所得金額に反するものであるとの主張、立証がない限り、その確定申告による所得金額をもつて正当のものと認めるのが相当であるから、原判決(その引用する第一審判決、以下同じ。)には所論のごとき不当に控訴人に立証の必要を認めた違法はない、といわなければならない。

論旨は、さらに、原判決は控訴人主張の所得金額につき何らの判断をも示さず、理由不備の違法をおかしているというのであるが、原判決が控訴人主張の所得金額は証拠上肯認し得ない旨を判示していること、判文上明らかである。

それ故、論旨は、すべて採用できない。

同第二点について

論旨は、原判決が本件審査決定の通知書はその方式において欠くるところがないと判断したことが、昭和二五年法律七一号による改正所得税法四九条六項に違反する、という。

しかし、右改正所得税法の附則一〇項によれば、本件審査決定のごとく昭和二五年三月三一日以前にあつた確定申告書の更正に対する審査決定の通知に係るものについては、従前の所得税法五〇条の例によることとなつていて、右改正所得税法四九条六項の規定に従うことを必要とされていない。

されば、原判決には所論の違法はなく、論旨は、叙上に反する独自の見解に立脚するに過ぎないものであつて、排斥を免がれない。

よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判官 奥野健一 山田作之助 草鹿浅之介 城戸芳彦 石田和外)

上告代理人岡田俊男、同江島晴夫の上告理由

第一、原判決は立証責任の分配を誤り、かつ理由不備の違法がある。

(一) 立証責任は、事実の性質から定まるものでもなければ、又事物の蓋然性によつて当然決まるわけでもない、むしろ法条の適用の方から定まることになる。即ち各個の法条の構成要件の定め方と法条適用の論理的順序に基くのであり、従つて立証責任の分配は、これを明示する規定は比較的稀ではあるが、細目的には各法条の解釈及び法条の相互の関係の検討から引出される実体法上の問題であつてそれは法律問題である。

(二) 本件につき原判決の引用する第一審判決は、申告納税主義をとる所得税法において、一度申告がなされた場合これに反する事情あれば申告者においてその立証をなすべきとし、上告人の原審での立証では正当の所得金額を算出することはできない、というのである。

(三) 行政処分が権力処分であることには争いなく、又課税処分が行政処分であることも、再言を要しないところであるが行政機関は法規の定める要件事実が、ある処分をするについての障碍事由はなく、処分は適法かつ妥当であると判断したればこそ当該処分をしたのであり、手続に至つては自ら選んだ行動の結果である。しかもそれは権力を背景として人的物的の力の総員の許にされるので、その適法かつ妥当性を明白にすることは、処分を受けた力弱き個人がそれを明かにするに比し遙かに容易なことで、瑕疵があるのにかかわらず、私人がその違法を明かにし得ないが故にその処分が違法でないということは著しく正義と衡平に遠ざかるものと言めなければならない。

従つて昨今の税務訴訟における立証責任は租税債権、債務を民事訴訟における債務不存在確認における立証責任の分配に準じ税務官庁がその債務のないということの立証は困難であり、違法課税に対する納税義務者の救済は殆どその道をのがれることになる。

(四) ところが原判決が上告人の立証では正当の所得金額の算出ができないとしていることは本件租税債務の明確化を上告人に求めるという点において既に違法たるを免れない。

特に本件では昭和二三年度所得額を当初四六一万とし、そして乙第一号証の二では税額を三四二万五千百五円とし、乙第二号証では六〇万円以上としているようにこれ等の根拠は著しく薄弱であり、一方帳簿焼却等は所得額認定の何等の根拠ともならない。

又甲第八号証の四では、租税専門家である国税庁協議団において昭和二三年度所得額を金六九万七千七百八二円としている。

更に乙第八号証の二又は六を対比すれば明らかのように、その前年度金額と比して何等首肯しうべき理由もないのに幾十倍にも増加することはあり得ないし、それが上告人等の主張のとおりであることは甲第八号証の六の説明経緯自体で明かにされているところである。

(五) 以上のように被上告人の主張立証においても、何等の根拠ある資料もないのに、被上告人の課税金額を正当と認めたことは、結局のところ租税債権の立証責任を上告人にあるものとする前提に立脚して結論というの他はなく、この点原判決は立証責任の分配を誤つたものというの他はなく、仮りにそうでないとしても、原判決が、控訴人であつた上告人等の主張にもかかわらず、この点につき何等の判断をしなかつたのは、民事訴訟法第三九五条第一項第六号に違背する。

第二、原判決は所得税法第四九条第六項に反する違法がある。

(一) 原判決はこの点につき昭和二五年法律第七一号所得税法改正法第一〇項第一一項によれば昭和二五年三月三一日以前の更正処分等の審査についてはなお従前の例によると定められており、本件はそれ以前のものであるから甲第九号証の決定書で足りるというのである。

(二) 被上告人のなした審査決定通知書では、甲第九号証のようにその主文も亦理由も記載されていない、そしてその日時が昭和二九年五月三一日附で改正所得税法施行後であることは明かである。所得税法第四九条第六項で審査決定通知書で理由の附記を要するとしたのは、原処分に対して不服申立をさせることにより税務官庁をして当該処分の当否につき再考是正の機会を得せしめると共に、納税者の救済を図らんとするもので、処分庁が独善恣意に陥ることなく、客観的相当性を担保すると共に、その後の手続の公正を図らんとするものであつて審査決定時には当然適用されるべきものである。

(三) 特に被上告人は右改正法で新設された協議団の協議に附しており、改正法による手続を進行しているのであるから、上告人等も利害の大きい決定のみを旧法により処理せんとすることは到底許さるべきことではない。若し改正法施行以前のものには新法の適用がないというのであれば、その全部について適用のない筈であり所得税法第四九条第八項によれば、第六項第二号又は第三号の規定による決定をなす場合は協議団の協議を経なければならないことになつており、その協議を経ておきながら、その決定につき当時存しもしない所時税法第五〇条を適用することは、人民に不利益な行政行為の徹回が許されないように違法なことであり、又そうでなければ何んのために協議を経たかも全く理由のないことになる。更に仮りに旧所得税法第五〇条を適用するにしても主文も理由もない決定が許さるべき筈は当然にない。

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